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私の帰る場所は、どこですか?







*すれ違い*






前に見える空はどんよりとしていて、周りは薄暗い。
今聞こえるのは、バラバラと降る雨の打ちつけるような音と、馬の駆ける音。
そして、自分の荒い息遣いだけだった。






は雨降る荒野を只一騎、駆けていた。


打ち付けられる雨は、目から流れるものと混ざり合い、体全体を塗らした。






この馬はどこへ向かうのか。





















「はぁ・・・。」


その頃馬超は、一人自室でため息を付いていた。
寝台にごろりと体を倒し、腕で目をおおっている。
先ほどまでは晴れていた空も、今はもう大降りの雨に変わっていて、
それが余計に気分を悪くさせる。


「・・・俺としたことが。格好悪い。」


まともにと話ができなかった自分に後悔の念が押し寄せてくる。
あれでは、只の子供の嫉妬ではないか。

馬超はもう一度、ため息を吐き、城での出来事を思い返した。
















「軍師殿。」


馬超は自身の執務がひと段落した後、をむかえに諸葛亮の部屋まで訪れていたのだ。


「あぁ、馬超殿。」


馬超の呼びかけに諸葛亮は扉から顔を出し、部屋へ向かえてくれたが、
そこには目的の彼女は居なく、只諸葛亮が目の前にいるだけだった。








「・・・?軍師殿、は此処にはいないのか?」


よほど、彼女が居ないことが不安なのか。
色素の薄い目を怪訝そうにゆがめ、目の前の青年はそう問うてきた。


「はい、先ほど、姜維を案内につけて、あなたの部屋に向かわせた所ですよ。
 あぁ、書庫にも寄ると言っていましたが。」

「なんだ、すれ違いか。」


青年は不満そうに眉をしかめる。
「姜維と」というのが少し気にさわったらしい。



「そうだ、軍師殿。については何か解ったのか?」


一瞬、自分の部屋まで戻ろうかと考えていたようだった馬超だったが、
思い出したように諸葛亮に聞く。
それに対し、諸葛亮はすっと目を細めた。


殿に口止めをされています。」

「何?」


馬超の眉間のシワがまた少し濃くなるが、
諸葛亮の目はそのまま細められたままだった。


「なに、殿から馬超殿に伝えるとおっしゃったので。」

「しかし、軍師殿「殿が何者かについては。」

「“蒼馬”とだけ、一言言っておきましょう。」


そうすれば、彼方にも解るでしょう。
蒼馬を知っていないわけはないでしょう?
そう、諸葛亮は付け足した。


「あとは、殿がすべて話してくれるでしょう。」






「・・・・。」


蒼馬・・・時と次元を駆ける妖馬・・・だったか。





「・・・・・・失礼した、軍師殿。の話を聞いていただき、感謝する。」


暫く考えに没頭してその場に立っていた目の前の彼は、
それだけ言うと、踵を返して言ってしまった。
その方向は、書庫のある所。


「何事も無ければ、いいのですが。」


一人、自室の前に立つ諸葛亮は呟いた。
馬超に蒼馬の事を教えたのは、への手助けである。
が緊張したりして、馬超へうまく話が切り出せない時の為。
・・・それと、諸葛亮から何か聞かないと、
てこでも動かなさそうだった馬超をはやくのところへやる為だったりする。


「・・・さて、私は仕事に戻りましょうか。」


諸葛亮は静かに自室に戻るのだった。















「いないじゃないか。」


また入れ違いか、と無意識に一人呟いた。

俺は諸葛亮と話した後、に合うべく書庫へ来ていた。
書庫に着いたとき中に人の気配はなく、
扉を開けて中を除き見てもやはり人は誰もいなかった。
どうやら、もう用事を終わらせて俺の部屋に向かったようだ。
せっかくに合おうと急ぎの執務を早くに終わらせて来たのに、とんだ骨折り損だ。
しかし、嘆いても仕方がないので、俺は書庫に背を向けて自室へ足を進めた。


姜維と二人かと思うと、自然に早足になる。
俺も女々しくなったものだ。




庭の見える廊下に差し掛かった時、ようやく追いついたようだ。二人の話声が聞こえる。
きっとこの角を曲がったところに居る。
ここで、俺の悪戯心がチラリと光った。
俺は後ろから脅かしてやろうと気配を消して近づいたのだ。

・・・これが、間違いだったか。





「―――――――この世界に来て日が浅いので、色々見て周りたいんです。
 知らないものばかりで凄く楽しい!」





、の、声だ。




話の内容が耳に入ってきて、
脅かそうと気配を押し殺したままの俺の身体はそのままピタリと止まった。
俺は二人のいる廊下からは見えない角に居る。
もちろん、俺からも二人の姿は見えなかったが、
声の弾み方で、はとても嬉しそうにしているのが手に取るように解る。



「それなら、私が色々なところへ連れて行ってあげますよ。
 その代わり、私にも殿の世界の話、沢山聞かせてくださいね。」



姜維の腑抜けた声も聞こえた。


「――――――っ」


俺はその場から動けなかった。


もやもやしたものが、俺を支配していく。

の今の発言と、先ほどの軍師殿の発言から、が別の世界から来たことは明白。
この感情は、けっして本当の事を黙っていたに対して怒っている訳じゃない。

只、何故俺よりも先に姜維が知っている。

何故、俺より先に話した。

何故、俺じゃない。


そんな、醜い感情が俺を渦巻いていた。





そこから後はあまり、覚えていない。

只、必死で。

まるで小さな子供のように、感情にまかせてを家へ連れ帰ってきたことは解る。






「はぁ。」





さっきのことを思い返して少し頭が冷えたのか、
俺はやっとまともに考えられるようになってきた。


そして、先ほどの言葉を思い出す。





『出て行ってくれないか。』





「あれは、まずかったよな・・・。」


いくら、一人で自分を落ち着けたいからって、何もに伝えずに、部屋から追い出してしまった。
は何か・・・そう、異世界から来たことを俺に伝えようとしていたはずだ。
今更ながら、直ぐに聞いてやらないで部屋から追い出したことに後悔の念が押し寄せる。



「・・・謝りに、行くか。」



馬超は頭をガシガシかいてから、寝台から立ち上がり、
の部屋へ向かおうと自室の扉を押し開けた。



『・・・・・・・・さよなら・・・・です、ね。』



はた、と立ち止まる。


ちょっと待て。あの後は何と言っていた?



・・・・・・・さよなら、だと?



只、部屋から出て行けという言葉に返ってくる返事ではない。
・・・さよなら?








「――――――っ、まさか、」


俺は開けかけだった扉を一気に押し開け、廊下を全速力で掛けた。
途中で香蘭とすれ違って何かを言われたが、無視した。


血の気が引いていくのが解る。



『出て行ってくれないか。』


俺が言ったのはそれだけだ。
「この部屋から」とも何とも言っていなかった。
あんな状況だ、が勘違いしてもしかたがない・・・いや、
俺が誤解を招くような言い方をしてしまった。




「・・・っ!出て行く、なんてまね、するなよ・・・っ!!」










しかし、俺の期待は虚しく、誰もいないの部屋には、
いつも大事にとっていたはずの彼女自身の異世界の服は無くなっており、
代わりに一つの書簡と、給料として渡したはずのお金が一銭も減らずに、
机の上に置いてあるだけだった。













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ことの発端は只の馬超の嫉妬でしたw


そして、主語をつけていなかったがために、ヒロインさん出て行っちゃいましたよ!!;
馬超の言いたかったこと→「(俺の部屋から)出て行ってくれないか」
ヒロインさんが受け取ったのは→「(この家から)出て行ってくれないか」


つ、伝わったかなぁ?

08.07.02